フィリピン日記20170419

2017年4月19日

マニラに向かう飛行機の中では、興奮して眠れなかった。夜空が近くて、星の海を泳いでいるみたいだった。0時過ぎにUberで見つけたタクシーは270ペソしかかからなかったし、普段は渋滞で2〜3時間かかるケソン・シティへも1時間ほどで到着した。

Magiting通りのJKの家に着いてみると、サラとアレックス、アイサが迎えてくれた。私のプロジェクトをキュレーターとして担当してくれるJKは、ワークショップのため土曜まで北の方へ滞在しているという。健康問題やら家庭の事情でなかなか滞在予定が決まらず、なんとかメドが立ってから一週間と経たないうちに日本を飛び出すように来てしまった。マニラに体を慣らしながら、企画を見直す時間ができたということにしよう。清潔でエアコンのあるJKの部屋は快適で、ホテルよりよほどよかった。

眠りについたのが4時近かったから寝坊しようと思っていたが、朝から通りがにぎやかで目が覚めた。疲れを感じていないのは、まだ興奮しているせいだろう。1時間ほどベッドでストレッチをしてから水を浴びた。日焼け止めを塗っているそばから汗がにじみ出して、すぐ流れてしまう。

サラが頭痛でダウンしてしまったので、アイサとふたりでMaginhawaのNegative Space Cafeでランチしながら、今年のKARNABALの企画を聞いてもらった。日本食にインスパイア(って二郎でしか言わないのかな)された感じのメニュー。茶そばと野菜の天ぷら、たこ焼きを頼んだが、Makatiで去年行った日本人経営の居酒屋よりおいしかった。私が都会のど真ん中にいるせいだろうけど、便利さやサービスの質、食べ物の味とか、進化のスピードがものすごく早いと感じる。

アイサは今、CCPでフィリピン・バレエ団との共同制作の作演出を手がけている。子供の頃にバレエを身につけ、学生時代はビジュアルアーツを学び、その後ポールダンサーの世界に入って”Dancer of the Pole Dancer”など社会的な文脈を捉えた前衛的な作品をつくるようになる経緯を改めて聞く。横浜、メルボルンと立て続けに彼女の舞台を観る機会に恵まれて、本人か話を聞くことで、ようやく自分の中でもアイサというアーティストが見えてきた気がした。でも、そんな気がしているだけかもしれない。

カフェで作業をしているとざんざん降りの雷雨が降り出した。雨が弱まるのを待ってWi-FiのあるFlying Houseへ移動し、久しぶりのサンミゲルと軽食。アレックスの帰宅が大幅に遅れるというので、鍵を持っていない私は(C氏が鍵を日本へ持ち帰ってしまったのだ)締め出される格好になった。Masiglaにあるクリスとサラの家へ避難し、アイサの帰宅を待ってやっとベッドにたどり着いた。雨のせいか、どっと疲れた。

 

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