武雄日記(2)穴の話

2016年12月13日(火)

朝から雨が降っていて、自転車で出かけるのは諦めなければならなかった。でもそのおかげで、この日は忘れられない出会いがあった。
滞在場所にはキッチンがないので、朝食は外で調達するしかない。このあたりは夜が遅いせいか、10時前から開いているお店は少ない。徒歩15分ほど離れた武雄図書館にスターバックスがあるので、武雄神社にお参りがてら歩いていくことにした。

小さな折りたたみ傘の下で身をすぼめ、小雨降る中を川に沿って歩いていくと、武雄高校のそばで『ぽえむ』というレンガ張りの大きな喫茶店に行き当たった。ひょっとしてモーニングでもやっていないかとおそるおそる扉を開けると、カーブを描く立派なカウンターの向こうで、私の母より一回りほど年上らしい女店主が「いらっしゃい」と顔を上げた。白髪のボブヘアが上品だった。

店内は天井が高く立派なつくりで、二階席には10人ほど座れる円卓もあった。女店主は「天気の良い日なら庭に面した向こうの席を勧めるんだけど、今日は雨だから…」と、ストーブの前のカウンター席に案内してくれた。朝ごはんはありますか?と尋ねると、パンだけならというので、トーストとブレンドをお願いした。

女性はSさんといって、気さくにいろいろな話をしてくれた。店を始めたときから、メニューはパンとコーヒーだけであること。開業の時はそんな商売やっていけるはずないと散々言われたこと。リハビリとボケ防止のために開けていること。常連さんたちがいつも来てくれること。カウンターの中を行き来し、慣れた様子でいちごを添えたバタートーストとブレンドを出してくれた。私の朝食の支度が終わると、当然のように私の隣の席に座って、おしゃべりの続きを始めた。

Sさんが写真を撮ってくれた

コーヒーを飲みながらSさんと喋っていると、常連の男性が一人やってきた。「あらぁNさん、久しぶりね」とSさんが素早くカウンターの中に戻る。Nさんが大量のみかんではち切れそうなビニール袋を「うちの庭でとれた」と差し出すと、「ありがとう」と受け取ったSさんは、私にも「ひとつどうぞ」と勧めてくれた。
私は普段、果物は食べない。でも勧めてもらった場合には、よほど苦手なものでない限り、なるべく口にするようにしている。Nさんの庭のみかんは甘かった。私がみかんの白い筋をむくのに手間取っている間に、手早くコーヒーを淹れ終わったSさんはまたカウンター席に戻って、私をはさんでNさんとおしゃべりを始めた。

この日、SさんとNさんが聞かせてくれた話を、私はここに書くことができない。二人が失ってしまったとても大切なもののことを、初対面の私にも分け隔てなく話してくれた。後から、Nさんがその話をSさんとするために、ぽえむを訪れたことに気づいた。私は何を言えばいいか分からなくなって、苦手なはずのみかんを二個も食べてしまった。

Nさんが帰った後、私もお礼を言ってぽえむを出た。武雄図書館でいくつか郷土資料を借り、武雄神社へ。キュレーターの齋藤さんとの打合せが迫っていたので、大楠まで行くのは諦めて中町へ戻った。

+++

夜はありがたいことにまちづ社さんが交流会を開いてくれ、武雄で面白い活動をしている人たちが集まってくれた。私は自分の活動の紹介をさせてもらった。ひとつだけ、私から参加者の皆さんへ質問をしていいというので、「武雄の穴、もしくは穴場を教えて下さい」とお願いした。武雄に来るにあたって、何を作るかあまり決めずに来たと書いたけれど、ひとつだけアイデアの種は持ってきていて、それが私が今住んでいる鶴見区駒岡の「おあなさま」伝説だった。

駒岡には明治時代「おあなさま」と呼ばれ、信心するとご利益があると一大ブームになった穴があった。その頃の駒岡には何百軒も店が並び、鶴見川を参拝客を輸送する汽船が運行していた。その繁盛ぶりは「(参拝客の奉じる)線香の煙が川崎から見える」と言われるほどで、一時は京急線が延伸するという話さえ出たという。

ところが参拝客一日千人といわれた「おあなさま」は、鶴見の沿岸部の埋立事業によって、あっけなく消滅した。海を埋め立てる土にするため、穴のあった山が切り崩されたのだ。その後、鶴見区は総面積の3分の1が埋立地となるまで工業地帯として拡大・発展し、駒岡はどの鉄道駅からも離れた住宅街として、よく言えば落ち着いた、ありていに言えば「おあなさま」時代の活況は想像もできない土地柄になっている。

1年半前に駒岡に引っ越してきてから、私はこの「おあなさま」をモチーフに作品をつくりたいと考えていた。そして、もしかしたら武雄や海外でも同じモチーフで作品を展開することで、面白いことになるかもしれない、と思ったのだ。

交流会では予想に反して、皆さん「穴場」ではなく「穴」の情報をたくさん教えてくれた。それぞれ他の人では思いつかないような「穴」を挙げてくれたのが印象的だった。考えてみれば、どんなまちにも何らかの穴はあるはずで、穴を巡るツアーでも作ったら、意外と面白いかもしれない。

交流会後は『鉄板焼 喜隣や』というお店に行き、これがすこぶる良いお店だった。お店を出ると、月がきれいだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です