フィリピン日記 20160609

2016年6月9日(木)

カンファレンス2日目。とりあえず午前中は作業をしようとカフェでPCを開いたら、今回KARNABALを訪れているキュレーター、タン・フクエンが登壇しているというポストを見て、あわてて会場へ向かう。残念ながら彼のプレゼンテーションには間に合わなかったのだけど(映像が公開されることを願う)、最後の質疑応答を少し聞くことができた。

それは、ChrisがKARNABAL上演作品のクオリティについて尋ねた質問だった。「KARNABALがアマチュアリズムに陥るようなことは望まない」というフクエンの発言に会場は静まり、JKが私の耳元で「こんな会話は時期尚早すぎる!」と囁いた。
たしかにKARNABALの作品の多くはワーク・イン・プログレスのプロジェクトだったり、実験的な試みが多い。一方で(劇場型の作品の基準でいえば)完成度が高いものはあまり多くない。さまざまな制約条件を踏まえて「完成度」を測る別の価値基準を提示できている作品は、ないことはないが、決して多くはない。また提示できていても、まだまだブラッシュアップの余地はある。(ここはフクエンの意見ではなく私の解釈)

最後に「コミュニティに関わる作品に関しては、自分は何も言及していない(評価を保留している)」というようなことも言っていたが、このあたりは動画を観てきちんと確認したい。その「価値基準を新しくつくっていく」ことが面白い部分でもあり、昨日、私自身ぐったりしたところでもあるのだけれど。

その後もいろいろな人が登壇してはパネルディスカッションが繰り返され、カンファレンスが終了したのは午後6時近かった。ちからさん・りっきーと一緒にMalingap通りのフードコートへ。ビールを飲みながら、話は自然と滞在中を振り返る流れに。6ヶ月滞在したりっきーは「早く帰って温泉に入って刺し身が食べたい」と言っていた。

Maginhawa通りの「キュリオシティ」というギャラリーで、サウンド・アーティストのTeresa Barrozoのショー『We Are What Movies told Us We Should Be』へ。真っ暗な部屋の中にたくさんの観客席が散在していて、屋内や屋外でリラックスした様子で話している人たちの声が流れている(あとでほかの人に教えてもらって、映画撮影現場の休憩時間の音声だとようやく分かった。Teresaは映画音楽の仕事もしている)。「アクション」の声と同時に、観客席の中に灯りがつくと、観客に中に紛れていた俳優が映画のシーンを演じ始める。やろうとしていたことはとても好きだったし、はっとさせられただけに、空間や観客席(キャパオーバーで私は床に座っていた)は少し惜しいと思った。あとで彼女と話すと、完成度は20-25%だと言っていた。

終演後はカンファレンスに登壇していたドラマトゥルクのジゼル、ちからさんと一緒にFlying Houseへ。ビールを飲みながら、ジゼルの親戚が住んでいるダバオのこと(つい先ごろ大統領に決まったドゥテルテは元ダバオ市長。ちからさんは来年、ダバオに滞在したいらしい)、日本社会の不寛容さ等々、話が尽きない。途中でNikkiも合流し、彼女のプロジェクトについて聞いた。彼女は昨年、私たちが参加したInternational Exchangeの参加アーティスト(オーストラリア)のひとりで、マニラのダンサー・Eaと一緒に神話の型を通して女性のジェンダーを問うプロジェクトに取り組んでいる。「ヒーローの旅」がモチーフになっているというので、彼女に十牛図を紹介した。

結局ジゼルは1時半近くまで、ちからさんと私は3時半くらいまで話し込んでしまった。帰る頃にはもう閉店していて、従業員たちがごはんを食べながら「またね〜」と手を振った。

13422391_10209732376125306_1755886915911014580_o( Image by Giselle Garcia)

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