フィリピン日記 20160608・カンファレンス編

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2016年6月8日(水)

今日から2日間『Tok! Tok! Talk! Conference』と題して、朝から夕方までパネルディスカッションが行われる。私たち日本人チームは、国際共同制作をテーマに3人一緒に登壇する予定。

午前中、昨夜完成させられなかったプレゼン資料をガリガリ作る。通訳込みで15分間なのだが、プロセスをちゃんと説明しようと思ったら1時間かかる。コラボレーターのAninoのことも含めてどうやって話すか、悩ましいところ。

正午頃には会場へ移動。プログラムは押しまくっていて、私たちの登壇までまだ数時間はありそう。さまざまなテーマについてだいたい3〜4人が登壇し、それぞれの活動紹介、会場を含めたQ&Aディスカッションで計1時間程度。KARNABAL界隈の人だけではなく、公共劇場で働くドラマトゥルク、スラムでスポークン・ワード(ラップに近い)や市民劇などアウトリーチのプログラムを行う民間団体、芸術学などを教える教授、別のアートフェスティバルの主催者、支援側である国際交流基金まで、フィリピンのアートに関わるいろいろな人が集まっていた。タガログ語が多いので、BrandonやNessに英訳してもらいながら聞く。

進行が押しまくったため、いくつかのプログラムが翌日に繰り越され、夕方近くなって私たちの出番が来た。今日も通訳はKei君。3人それぞれにコンセプトの趣旨、プロセスや当日の様子、何を考えてこんなことをやったのか、などをプレゼンした後、会場からの質問を受ける形でディスカッション開始。私は『Being an empty center』というテーマで話した。

13411676_1231011300242847_485447140881787137_o( Image by Bunny Cadag )

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(こんな図を見せながら話しました)

結果的にこの日、私たちのプレゼンは結構な物議を醸し出した。発端の半分くらいは文脈と言語の違いから来るボタンの掛け違いだったのだが、そのこと自体が興味深かった。つまり前提の認識が違う、ということ。

その場にいた何人かに、あとで「実際のところ何が起こっていたのか、質問者の意図は何だったのか、私たちの返答は的を射ていたのか」を尋ねてみたが、みんな言うことがバラバラで、それだけ複雑に絡み合った文脈が垣間見えた瞬間だった。

質問の趣旨としては、とどのつまり「(フィリピン側の)コラボレーターはどう考えているのか(なぜこの場にいないのか)」ということで、とてもまっとうな疑問だと思う。状況が許すなら、いるべきだっただろう。
ただその後の議論の過程では「日本とフィリピンとの国際共同制作に、フィリピン側として期待すること」が透けて見えた。気がした。これも私個人の解釈。あとで直接、質問者にも話しに行ったが「リキは日本人の遺体(を食べたかもしれないタコ)を食べるというし、あなたはフィリピン人に死について考えろと言う。戦争で日本がフィリピンにしたことについて、どう考えているのか」と返ってきた。
この日記に何度も書いている通り、フィリピンの人たちにとって「死について考える」のはすごく嫌なことで、それ自体が私にとっては未だカルチャーショックなのだが、いろいろ混線してるなと思った。

戦争については、フィリピン市民が日本軍と米軍から受けた甚大な被害は本当に痛ましいことだし、何が起こったのかという歴史的事実を、これからもできる限り学んでいきたいと思っている。そして私はフィリピンで、「日本人だとみなされること」を引き受けている。それ以上のことは、この記事の最後で書いたように、考えている。今回の滞在制作とのつながりを強いて問われるならば、国際交流基金から支援を受けたKARNABALが私を招き(つまり基金は日本人作家を支援するのではなくフィリピンの芸術祭を支援している)、その上でJKたちも私も対等な立場で、ボランタリーに協働していることには意味があると思っている。

それよりも私は、自分の出番までに他のアウトリーチ・プログラムの話を聞いていて、(自分も含め)いわゆるコミュニティ・アートの強度や美学的な価値をどう考えるか、という問題を改めて感じた。「別にいいことや正しいことをしたいわけじゃない」「社会の中にすでに存在するものを別の文脈に置き換えて、価値を顕在化させたい」という話をしたけど、あまり伝わらなかったかもしれない。そしてその伝わらなさ(と私自身の混迷)は日本でも同じか、ひょっとしたら、もっと複雑なのだ。その壁の巨大さを痛感してぐったりしてしまった。

この日の様子は、翌日の日刊まにら新聞に掲載された(リンク先で記事が読めます)。日本語で紹介される機会が少ないので、とても貴重。

13392284_10209826338483101_2495486284976290486_oImage by Chikara Fujiwara 藤原ちから )

夜には、もう一度YenYenのショーを見た。初日から構成や演出がかなり整理され、最後はちゃんとセーラームーンYenYenの戦闘シーン(というかダンスと歌のショー)もあった。最後、マスコットを外したYenYenの笑顔はとても晴れやかだった。

 

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