フィリピン日記 20160605

13346645_10209616902924458_7459088150154995567_n

2016年6月5日(日)

前日は本番明けにショーを2本観て、深夜までマッチョクラブで遊んでしまった。疲れすぎて眠れないんじゃないかという心配は完全に杞憂で、目が覚めたら午前11時だった。りっきーのショー『An Octopus is an Octopus, but it is a Japanese』は12時半スタートだったのだったので、急いで支度をしてMagiting(JKたちの家)に向かった。

りっきーは、2016年1月に一緒にマニラにリサーチに行ってから帰らず、そのままなんと6ヶ月間フィリピンに住み続け、通称「タコ焼きプロジェクト」を進めてきた。特にここ数ヶ月は、タコを探して各地をさまよい、その中で出会ったナボタスという漁師町に通いながら地域の人と関係を深めてきた。

彼のショー(と同時にワーク・イン・プログレスの発表)は、居間でのレクチャー・パフォーマンス。ナボタスでのリサーチ、タコの入ってないフィリピンのタコ焼き、スライドでタコが戦争画において象徴してきたもの、日本でタコが意味するもの、マニラ湾に沈んだ日本船のこと…。複層的なイメージを縫いつなぐようにレクチャーは進み、最後はタコ焼きをつくって観客に振る舞う、という流れ。

りっきーのタコ焼きに集まる人々を階段の上から眺めながら、サラに戦争の話どう感じた?と聞いてみた。以前は日本の人とフィリピンの歴史の話をすることにとてもナーバスだった、でも今は大丈夫、とサラ。かつて日本軍の船が沈んだマニラベイで釣り上げられたタコ。最初は鎮魂なのかと思ったけど、あとで贖罪なのかもしれない、と思い直した。りっきーには十字架も似合うと思う。

通訳としてりっきーの言葉を訳していたKei君は途中から、日本とフィリピンという2つの背景を持つ存在として自分自身について語り始め、パフォーマーとして存在感を発揮していた。

ペピンの中澤くんはBlack Soup というカフェでの公演に出かけたが、私は疲れた体を引きずってMatalino通りにある評判のタイ・マッサージへ。たしかによかったが、ちょっと強くて眠れなかった。今度は弱めでお願いしなきゃ。

夕方5時からは、Sipatの照明デザイナー・Ninyaの『HPAO(N)』に参加。プレヴューも見ていたが、フィードバックが反映され構成がだいぶシンプルになっていた。役者や対象物はなく光だけを使って「午後」を表現するということですぐに連想したのはタレルだったが、何より印象的だったのは私たち観客に向かってまっすぐに突き刺さる灯体の位置だった。かなり攻撃的だと感じたのだけど、その点について彼女にもっと聞いてみたいと思った。

13403982_630710223750521_5224841276507069951_o
( Image by KARNABAL FESTIVAL 2016)

その直後、3FでBoyet De Mesaの『LAB KO TO』を鑑賞。フィリピン出身だが、普段はヴェトナムで活動しているアーティストだという。アメリカがフィリピンにしたことを思い出させる、というコンセプトのかなり直接的な表現。街頭などで演じることもあるそうで、アートというよりは抗議行動に近いかもしれない。15分間というパフォーマンス時間の設定にはヒントをもらった。ラストシーン、彼が星条旗を印刷した紙を読み上げている時にふいに降りだしたスコールが劇場の屋根に激しく打ち付け、銃撃のように彼の最後のせりふをかき消した。

13340073_630706870417523_8509334137035638126_o
( Image by KARNABAL FESTIVAL 2016)

続いてはAdrienne Vergara、通称YenYenの『The Emancipation of YenYen de sarapen The Concert』。香港のディズニーランドでマスコット・パフォーマー(マスコッティエ)として数千ステージをこなした彼女が、世界初の「インディペンデント・マスコッティエ」として自分自身をかたどったマスコットをかぶってショーを演じる作品シリーズ。
昨年も彼女自身のマスコッティエとしての悲哀と身体(中身)をぶちさらした感動的なショーだったのだが、今年はさらに凄みを増していた。Part1でディズニー時代からインディペンデント・マスコットYenYenが生まれるまでの歴史をショーで振り返った後、Part2では低賃金の劣悪な職場、レイプ、虐待といった被害を受けた人たちの「声なき声」をYenYenのマスコットが演じる。Part3ではセーラームーンに変身したYenYenがタガログ語で「月にかわっておしおきよ!」と叫んで終幕。あっけにとられた。

13443289_636434026511474_2166995181471002081_o
( Photo by Brandon Relucio / KARNABAL FESTIVAL 2016)

他の会場へ行った中澤くんに傘を貸していたので、彼が戻ってくるのを劇場ロビーで待っているあいだ、隣に座っていたRinaと「はじめまして」の挨拶をした。彼女は20年以上イギリスで暮らしてきて、つい最近フィリピンに戻ってきたという。アートスタディが専門でこれからKARNABALのサポートをしていきたい、という彼女の仕事を尋ねると「Social Engineer」という答え。つい数週間前、自分のやっていることはEngineeringなのでは、と考えていたので思わず興奮した。日本だと「コミュニティ・デザイナー」という言葉は流行ったけど、ちょっと意味合いが違う。アートの領域でこういうことをやっている人に出会えるのが、KARNABALなのだ。

お腹が空いてしまったのでFlying Houseに移動して飲みながら中澤くんを待っていたら、あとからBrandonやRalph、Alyxたちがやってきた。ショーを終えたYenYenもやってきたので「すっごくよかったけど、セーラームーン世代としては、セーラームーンYenYenが戦うところも見たかった」と伝えた。0時近くなって中澤くんがやってきたので、バトンタッチして先にホテルに帰った。その後みんなは3時くらいまで飲んでたらしい。

“フィリピン日記 20160605” への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です