フィリピン日記 20160525

2016年5月25日(水)

日記がぜんぜん短くならない。

午前9時にして無事ビザの延長が終わり、すがすがしい気持ちで少し周囲を散策。ガレオン貿易400年の記念碑が建つパッシグ川のほとりで物思いにふけろうかと思ったが、においが強くてやめた。イミグレ前のスターバックス店舗はスペイン統治時代の城壁の一部を利用したリノベーション(数百年ものだけど…!)、ちらっと見学。

せっかくイントラムロスまで来たので、ジープニーを乗り換えるついでにキアポ教会に立ち寄る。すごい人なので何事かと思ったら、ミサだった。司祭が聖水を振りかけるために壇上から降りてくると、みんな両手を挙げて群がる。私にも聖水は降りかかった。神の恵み。

キアポ教会のまわりには、黒魔術の道具を売っている店があるとフィリピンの友人たちから聞いていた。パラソルの下でろうそくや薬草を売ってる人たちに「黒魔術の店はどこ?」と聞いて歩いているうちに、ようやくその人たちのことだったと気づく。民間療法の薬草やお守りに加えて、惚れ薬なんかもあるらしい。私が日本人だというので、呼ばれて奥から出てきたのは日本語をしゃべる陽気なお姉ちゃん。港区在住の日本人と「カミだけのケッコン」をしているそうだ。埼玉のブロードウェイという店で働いてたの、来月も日本に行くの、と。この店は彼女の姉、姉の夫、兄弟と家族ぐるみの経営。家族って何でしょうね…と思ったり思わなかったり。
自分の乗っている車椅子をそのまま露天にしているお爺さん、折りたたみ傘をパラソルのように取り付けて、モバイル屋台になっていた。かっこいい。

教会の裏手には火葬された人たちの遺骨を収めたお墓もあった(フィリピンでは通常は土葬)。長い行列が出来ていたので、何かと尋ねると、ブラック・ナザレに祈りを捧げるために並んでいるという。

「ブラック・ナザレ」はスペイン統治時代の17世紀にメキシコからの持ち込まれたもの。肌が黒い理由には諸説あるが、第二次世界大戦で焼け尽くされたキアポでも、ブラック・ナザレは無傷だった、といわれている。

教会の構内にはレプリカがかけられ色々な人が足をさすったりハンカチで拭ったりして祈っているが、この行列の先では祭壇にかけられた本尊(でいいのかな)に触れることができるらしい。あなたも並ぶといいよ、とすすめられるまま、炎天下の列に交じる。いくつかの曲がり角、細い螺旋階段を抜けた先は実際に祭壇にかけられたキリスト像の背後につながっていて、足の裏の部分だけ小さな窓があいていた。すぐ向こうでマイク越しに司祭の声が鳴り響いている。小さな窓から手を差し入れ、キリストの足に触れて祈った。

日が高くなってきたので、フィルコーワまでFXに乗る。冷房が効いてて快適すぎて眠くなる。フィルコーワでジープニーに乗り換え、UPキャンパスにあるヴァルガス美術館へ。主な目的は戦争絵画と日本軍のプロパガンダ資料だが、今やっている現代美術の展覧会にも興味があった。

ヴァルガス氏は戦争下のマニラで日本軍に協力し、戦後は恩赦を受けるまで巣鴨に収監されていたそうだ。ヴァルガス美術館のコレクションを集めるのに尽力したAurelio Alveroも、戦中のフィリピンで親日的な詩を書いたり日本語教育を推進する本を出したりして、日本の新聞で紹介されたりしていたらしい。
戦火で破壊しつくされたキアポのモチーフは、1月に国立博物館でも見た。あの日はちょうど天皇皇后両陛下が来比していて、隣のリサール公園で祝典が開かれていた。

戦前のナボタスやバギオ、農家の暮らしを描いたものも多かった。市井の闘鶏や洗濯の風景、クリスマスの灯りなどは、今ケソンで見かける風景とあまり変わらないかもしれない。

3階の展示は戦中、日本軍との関係が深かったヴァルガス氏の一家をモチーフに、当時の写真から素材をとったコラージュ作品。1階の「Colurum」という現代作家のグループ展には、2階の絵をモチーフにした作品も。個人的にはJohanna Helmuthの “Uncomfortably Settled” という作品が好きだった。



Teacher’s Villageまで戻って昼食と洗濯を済ませたらさすがにくたくたで、夕方まで昼寝。夜にKARNABAL参加作品のプレビューがあったが、外はざんざん降り。カフェで仕事をして、早めに休んだ。雨季が近づいている。

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