フィリピン日記 20160523

2016年5月23日(月)

朝、ふと思い立って、パヤタスからの帰りのジープで友だちになったノルヴィックに「6月3日と4日に影絵のパフォーマンスがあるんだけど、参加してみない?」とメッセージを送ってみた。演劇に関心を持つようなタイプには見えない。引かれてしまうのでは、と思ったが、返事は予想外の「I will join」だった。仕事のスケジュール次第だけど、参加できるようにベストを尽くす、という。金曜にはパヤタスの女性たち、土曜は16〜20歳の若い子たちがいる、好きな方でいいけど金曜のほうが気が楽かも、と伝えた。「どちらの日もいいと思う。招待してくれてありがとう」とけなげな返事。

前向きな返事をもらってから、ちょっと不安になった。彼は楽しんでくれるだろうか?気まずい思いをしないだろうか?当日参加してくれるアーティストやシパットのメンバーに、ケアをしてくれるよう頼もうかとも思った。でも、たぶんちゃんと紹介するだけで大丈夫だ、と思い直した。楽しむかどうかは彼が決めることだ。

午後1時から、平野さんが紹介してくれたConさんと初めて会う約束があったので、ジープを乗り継いでフィリピン大学(UP)へ。少し早く着いたのでVargas Museumに寄ろうと思ったら月曜閉館。徒歩でSunken Gardenに面したBulwagan ng Dangal Museumへ。

Conさんは、Kalayaan College(カラヤアン大学)でビジュアルアートを教えている。AninoのTetaとは同僚になる。黄金町はじめ日本の美術館を2週間くらいかけて視察したこともあるそうだ。劇場には誰か連れて行ってくれた?と尋ねると、残念ながら劇場にはひとつも行かなかった、という。

コンセプトと、いま呼びたいと考えているコミュニティについて説明。彼女からはメッセージで提案されていたNorth Triangleよりむしろ、彼女の教え子たちを誘ってはどうか、という意見をもらった。「フィリピンでは、パフォーミング・アーツは「芸術」というジャンルから外されている。ビジュアルアートを学んでいる学生にとって、KARNABALやこういうプロジェクトに参加することは有意義だと思う」との意見。パフォーミング・アーツは〜のくだり、日本の状況もほぼ同じだと思う(だいぶ変化してはいるが)。今週金曜にゼミがあるというので、学生たちに会いに行くことにした。

North Triangleについてはもう少し込み入った、私にとって大事な議論があった。彼女から「どんな種類のコミュニティを呼びたいの?」と訊かれ、即答できなかった。意図したことではないが、現状は、ある意味で分かりやすく社会課題を象徴するようなコミュニティばかりが参加している。もっと普通の人たちこそ彼らとミックスさせるべきじゃないのかと考えているけど、でもなかなか彼らにアプローチが届かない。でもNorth Triangleにはとても興味がある、と伝えると、彼女はキーパーソンにコンタクトを取ってみると約束してくれた。

パヤタスもNorth Triangleも、マニラの急速な都市開発の中で居場所を奪われた人たち。スラムといわれるような劣悪な環境でも、彼らはそこから離れたくなくて、闘った。それは多分、コミュニティがあるから。私は正直、コミュニティという言葉がそんなに好きではないけど、人は生きていく場所を選べるべきだと思っている。逆説的に聞こえるけれど、ひとりひとりが自由に生きていくためには、コミュニティに関するエンジニアリング(工学)がもっと必要だと思う。山崎亮さんの「コミュニティデザイン」はそこにはテクノロジーがあるのだ、ということをたくさんの人に紹介したし、けど解答が一つしか用意されていないように見えたのが、問題といえば問題だったのかもしれない。

もうひとつ、「死」をめぐる語りづらさについても彼女に聞いてみた。Conは、North Triangleの人たちは、自分たち一人ひとりではなくてコミュニティの死を連想するかもね、と意見をくれた。コミュニティの死。

せっかくUPまで来たので、少し散歩をしながら考えてみることにした。歩いているうちにお腹が空いてきたので、記憶をたよりにこの前JKとYukoさんと一緒に歩いた道を辿り、The Chocolate Kiss Cafeへ。去年のフェスティバルでGobyernoが上演された時に、国際交流基金の桶田さんやちからさん・りっきーたちと一緒に来たレストラン。店の雰囲気もお客さんも落ち着いた感じ。いろいろな国の料理があって、チキンライスを食べた。ちょっと贅沢した。


キャンパスを歩きながら、ああゆとりがあるなあ、と思った。街中では感じられない余裕と自由な空気。行き過ぎればモラトリアムかもしれないけど、学ぶ場というのは、許されている時間と空間なのだ。それはとても恵まれたことで、そんな時間を持つこともなく日々食べるもののために働くしか選択肢がない人もたくさんいる。すぐそこにいる。パヤタスの女性たちは日々余裕があるわけじゃないのに、なぜ参加したいと言ってくれたのだろうか?影絵の体験を持ち帰って、子どもたちに教えたいと言っていたけど、それにどんな価値があると、彼女たちは思っているのだろうか?

たとえノルヴィックが来てくれても、この経験は意味不明かもしれないし、不愉快な思いをする可能性だってある。でもその数時間が彼や彼女らの人生に少しだけ傷をつけて、それが数年後や数十年後に彼らの人生を変えるかもしれない。それはちっとも善ではないし、私が彼らのような語られやすい背景を持った人を舞台の上に乗せることは趣味の悪いポルノグラフィかもしれない。だけど、この大学のキャンパスに流れているような、許されている時間と空間。そんな場を彼ら彼女らのために用意したい、と思った。それは、とてもとても貴重なものなのだ、多分。

眠っている猫にそっと近づいて写真を撮ろうとしたら、ぱっと起きたので逃げるかと思ったら、こちらが後ずさりする勢いでぐいぐい近づきながら、にゃーにゃー何かを必死で訴えてきた。道端で何度も手を差し出してくる子どもたちの姿が重なる。多く持つ人は、持たない人に与える。それがごく自然な振る舞いとして期待され行われることは、もちろん弊害もあるけれども、ある種の豊かさではないだろうか?彼らは自分の命とつながった血肉のような共同体を持っている。そこから離れたら生きていけない。だから命を張って闘える。

JKに聞きたいことが出てきたので、アポを取ると午後9時なら時間がとれると言う。前の打合せが終わらず10時近くなったが「あなたたちの社会にとって、コミュニティとは何か」「あなたたちの社会において、コミュニティの課題とは何だと思うか」「KARNABALは今後、どんなコミュニティに働きかけていきたいと考えているのか」と質問した。

SOMATOが彼らに対してどんな価値を持ち得るのかについては、UPのキャンパスで感じたことと、ほとんど同じような答えが帰ってきた。家を無くすことより、家を無くしても「まあいいや」と思うことや、自分の親も貧しかったから自分が貧しいのは仕方ないと諦めることの方がずっと悪い。誰でもACAYの女の子や男の子たちのようにチャンスを掴むことができれば、自分自身の人生を変えられる。なのに諦めてしまう人たちが多い。彼らは日々生きていくことに必死で、自分が本当に何をしたいか、どんな風に生きたいかを考えるような時間はない。SOMATOはそういう時間を提供できる。それが彼らの人生を変える、ということをぼくたちは科学では証明できない。でも変える力があると知っている。

こういう物言いや情熱が通用するのは、フィリピン社会の特に都市部であって、日本はまったく状況が違う。だからこの勢いで私が日本に帰ると、だいぶイタいことになってしまうのかもしれない。でもときどきフィリピンで、日本の未来をさかさまに見ているような気持ちになることがある。

とにかくJKのエネルギーにはいつも圧倒されて、すごすぎて笑ってしまう。しかもこれからPHSAの教え子たちを連れてバギオ(バスで5〜6時間)にアートキャンプに出かけると言いながら、ジョリビーをむさぼっている。その最中もずっと、夏希の「ギブ・ミー・チョコレート!」というプロジェクトがあってねとか、ぼくの韓国の友だちがこんなパフォーマンスをやっててとか、際限なくずっと、パフォーミング・アーツの話をしている。

そして今年再演されるSipatのプロジェクト『Gobyerno』、急遽、政府と衝突している(?)農家のグループが参加することになったという。この作品は、参加者たちがディスカッションを通じて理想の政府をつくって演じる、というプロジェクト。彼らの方から意見を表明する場を求めて、KARNABALにコンタクトを取ってきたらしい。
JKが、こんなことになっちゃって、アートは何ができるんだろうね?!ぼくはアーティストなのに、自分で自分の首しめてる!と大笑いしていた。

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