フィリピン日記 20160520

2016年5月20日(金)

昨日・一昨日がちょいヘビーだったので、今日は作業日かなと思っていたら、朝、りっきーからメッセージ。以前紹介をお願いしていた映像作家のJohnが、今日なら会えるという。ありがたい。とりあえずすぐアポをとってもらう。JKはテレビの仕事で一日不在だと後からわかったが、りっきーが立ち会ってくれるというので心強い。

昼過ぎまで作業をし、Mainhawaへ向かう。お腹の具合は良くなったり悪くなったりで、あまり食べたくない気分だったが腹は減る。こういう時こそ、とMagiting通りのLeonaというカフェ・レストランで、以前から目をつけていたトマト・エスプレッソ。濃厚なトマトスープ、にんにくが効かせてあってとても美味しい。このカフェは安くはないけど、Maginhawa通りに比べると格段に静かでWi-Fiも飛んでいる。

午後4時、John Toressくんがやってきた。売れっ子の映像作家で、来日経験もある。ClydeとYenyenが2階のミーティングルームを明けてくれた。りっきー、ちからさんも一緒。Johnの撮っている実在の映画監督(故人)のドキュメンタリーの話、日本人チームそれぞれのプロジェクトのこと、日本生まれで日本語ペラペラのアメリカン・フィリピーノである奥さんとの馴れ初めなど、話が弾む。とてもフレンドリーで話しやすい人。あ、それで今日の本題はですね、とSOMATOの説明をし、興味を持ってくれそうな人を紹介して欲しいとお願いし、快諾してもらう。

Johnは、タクロバンを応援する歌を作った日本人・フィリピン人混合のビジュアルバンド(実在)の映画を撮りたいらしい。そのライバル(バンド)役で、りっきーや太田信吾さん(チェルフィッチュの俳優で、映画監督)に出演してもらいたいという。あっ、じゃありっきーはたこやき焼いてバンドもやればいいね、たこやきバンドだね、などと出鱈目な話で盛り上がったが、案外、来年のKARNABALで実現しているかもしれない。

彼の自宅はJKの家から徒歩10分かからない距離なのだが、車で帰っていった。マニラは本当に車社会。公共交通機関が少ない代わりにトライシクルやタクシーが多くて、みんな歩かない。暑いから仕方ないのだが。

なんだか疲れがどっと出て、午後7時くらいから11時くらいまで寝てしまった。過去2回のフィリピン滞在は2週間だったので、3週間目は未知の領域。過去2回の時は、一度くらいは「あー日本に帰りたい!」と思ったが(そして帰る時には、まだ帰りたくない!と思う)、今回は一度もそう思わない。お腹を壊しまくっても、都会の野菜が美味しくなくても(日本も同じだけど)。

たぶんこういう旅って、みんな学生時代とかにバックパッカーとかをやって経験するのだろうけれど、私はまったく旅人ではなかったので、いい大人になって何やってるんだ私…と思わないでもない。ただ、これでも仕事で来ているわけだし(ミッション的な意味で)、やることやらないといけないので、武者修行的マインドには陥らないよう気をつけている。つまり身の安全を絶対に確保することと、自分の身体でこそ踏み込んでいける場所に切り込んでいくこと、その境界線と必然性を見極めること。

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毎日通るのにどうしても名前が言えないMapagkawanggawa(マパッカワンガワ)通り。この前、銃が落ちていた。ちなみにタガログ語の影響か、あまり英語が得意でない人はローマ字読みみたいな発音になることが多い。Pure Gold Jr.(スーパーマーケット)のことを「ピュレゴールド」と言ったり、番地(number)を聞くときに「ナンベル?」と発音したり。かわいい。あとタガログ語には「po(ポ)」という、日本語の「です」「ます」みたいな丁寧語がある。「salamat(サラマット=ありがとう)」につけて「salamat po(サラマット・ポ=ありがとうございます)」という感じで使う。これを英語につけて「Thank you po(サンキュー・ポ=ありがとうございます)」とか「coffee po(コーヒー・ポ=コーヒーです)」と言うこともできる。かわいい。

語弊を恐れずに言えば、というかむしろ語弊を狙って言うが、フィリピンは相当かわいいと思う。もちろん日本語的な意味での「かわいい」なので、フィリピンの人に言っても伝わらないだろうが。ジャパンがクールなら「かわいいは、フィリピン」という観光キャンペーンのひとつも打てそうなくらいだ。チャーミングで、愛おしくて、哀しい。そしてきっと「かわいい」と思うのは受容でもあるけれども、優越しようという感性に違いないのだ。私はここでは言葉も不自由な外国人であることで、かろうじてバランスがとれている。というか私もまた、この国では「かわいい」存在だったりする。恐らくこれは現場と日本から見た印象にギャップがあって、日本にいる人たちからは、私がやっていることは何か「いいこと」に見えるのかもしれない。そんな先入観の面倒まで見てらんねーよ、っとまでは思わないが、今のところそのズレを修正する方法は私にはわからない。むしろ、悪とか毒である恐れのほうが高いと思うのだけれど。(ただ、そのことを自覚し続ける限り、私は彼らを害さないよう踏みとどまることができる、と思う)

一方で、格差が激しいこの国でその格差を前提として振る舞うことも理にかなっていて、ごく自然でもある。この「かわいい」と、私はどう折り合いをつけたらいいんだろうか。

 

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