フィリピン日記 20160519

2016年5月19日(木)

午後1時から劇場下見なので、11時過ぎまでカフェで仕事をしてからJKの家へ。すぐ会うけど、込み入った話を面と向かって英語で伝えきる自信がないので、TetaとJKにメールを書いた。

まず1つは、「ワークショップ」をやりたいわけじゃない、ということ。普段まちで何かつくるときは、ワークショップというよりただそこにいる人たちと話したり、ごはんを食べたりすることの方が多い。そういう時間の積み重ねの上でつくりたいものも、つくりかたも見えてくる。

限られた時間と言語の不自由さの中で物事を進めるために「ワークショップ」は理にかなっているのだけれど、それってつまり効率主義であり、なんか違う。

またACAYやパヤタスに行ってみて、「ワークショップ」という言葉に対する期待も感じた。何か価値あるものを学んで帰ろう、自分を成長させたい、といった向上心。それは前向きでいいのだけど、私は別に価値あるものを教えに来たわけじゃないし、彼らをenpowerできると考えるのは、(私個人に関しては)思い上がりだと思う。お互いに学び合うことはできると思うけど。

だからこれはワークショップ未満なのだ、teachingやlearningではなく、大事にしたいのは「sharing」なのだ、そのための場をデザインしたい、という話を書いた。

もう1つは、テーマの話。こちらに来てから、走馬灯というテーマを通じてぶつかったフィリピンでの「死」の語りづらさ、それを「未来」と言い換えたことで得られるものと失うもの、この国で「未来」という言葉のもつ響きの強さ。

未来を突き詰めればやがて死にたどり着くのに、彼らの未来は死を含まない。「死」と「未来」という2つのテーマのあいだで、フィリピン版・走馬灯について考えること。これは書いてる途中でJKがやってきたのでそのまま話したが、彼からは「僕はまだ、日本の文脈(この場合は、日本人が考える「走馬灯」)をフィリピンに持ち込むことにも関心がある」と言われた。うーん、たしかに。まだ答えは出ない。


午後1時になったので、Papet Museo(パペット・ムセオ)へ。ここは家族経営(?)の人形劇の劇場で、普段はあまり使われていない。1〜3階まであり、昨年のKARNABALでも会場になっていた。
劇場前でAninoのTetaが待っていた。そしてもう一人、バギオから来て下さった志村朝夫さん。彼はCGNの反町眞理子さんに紹介していただいた、豆本と紙づくりのアーティスト。バギオの山中にフィリピン人の家族と暮らしながら、バナナの葉といった現地の素材で手すき紙をつくっている。眞理子さんから「影絵の素材にどうか」と提案してもらい、工房を訪ねようと連絡を取ったところ、ちょうどマニラに来るから寄ります、と言っていただいたのだった。Diliman在住の友人・Rexさんも一緒だ。

上演を行うのは1階の劇場と決め、Tetaが持ってきてくれたスクリーンのサンプルと、眞理子さんに譲っていただいた和紙のサンプルを並べて相談。志村さんの和紙は光を通すと、模様がとても美しい。これを影絵に使えたら、余計な効果は不要だろう。

でも今回の上演ではかなり大きなサイズ(約1200×2000以上)のスクリーンを10枚以上使う。志村さんのつくる紙の最大サイズでも少しだけ足りない(それだってかなり大きいのだが)。心配していた強度は大丈夫そうだが、予算の問題もある。

Tetaが、和紙のまわりに別の素材でフレームをつけてサイズを大きくするのはどうかと提案してくれたが、志村さんからは、紙を使うなら紙だけの方がよいとアドバイス。たしかに、この紙の美しさが損なわれてしまう。素材に使うというより、紙そのものが主役になるような使い方がいい。

相談した結果、今年このこの時間の中で影絵のスクリーンとして贅沢に使うのは難しいと判断。もし使うなら本や印刷物など別の形に、もしくは来年に向けてまた別の展開を考えていこう、という結論になった。志村さんには雨の中をご足労いただいて申し訳なかったが、今回お会いできてAninoやJKにも引き合わせられたのは、今後に向けて心強い。


志村さんの紙づくりは、もともと豆本づくりから始まっている。志村さんの豆本は特にアメリカやヨーロッパで評価されており、現在の拠点はフィリピン。おみやげに活版でつくられた豆本もいただいてしまった。発行年月日は私が生まれる前…!志村さんがバギオの山中に構えている間襤褸庵(かんぼろあん。バギオからジープで3時間かけてポキンへ、そこから山道を徒歩1時間!)にいずれお邪魔させていただく約束をして、志村さんとRexを見送る。

JKの家に戻り、Tetaと打合せ。私の英語では細かなニュアンスまで伝えきれなくて、申し訳ない。お互いに忍耐が必要だよね…。それでも私の問題意識を、彼女は受け取ってくれたと思う。また具体的なアイディアを提案するから意見ちょうだいね、と話して別れる。

夕方4時からは、大井さんはじめソルト・パヤタスのスタッフの皆さんと打合せ。昼食を食べそこねていたので大急ぎで、MaginhawaのAte Fe’sという庶民的な定食屋さんでパンシット(焼きビーフンみたいな汁のないヌードル)をテイクアウト。とてもリーズナブルな店で、2人前はありそうな量で75ペソ。もりもり食べる。

ソルトからは大井さんに加え、ミレ、キャシー、シャルロットの3人が来てくれた。今日は私のプロジェクトのためでなく、彼らがパヤタスで実施している「ライフスキル教育」のプログラムでSipatができることを話し合う。JKがSipatやKARNABALについて紹介。キャシーとシャルロットたちストーリーテリングやプレイバックシアターといった演劇的手法に興味を持って、JKを質問攻めにしていた。盛り上がって何より。

最後に少しだけ、SOMATOの話もする。本番には7〜10人の参加者がパヤタスから来てくれることになった。

全体ミーティングをしているKARNABAL運営陣を横目にせっせとパヤタスの日記を書いていると、ちからさんがマリキナから帰宅。心配していた雨は早々に止み、充実したフィールドワークになった様子。今回、ちからさんは演劇クエストの本(ゲームブックの形式にのっとった本にしたがって、まちを歩いて体験する)を通訳を入れずに英語で書くという。演劇クエスト@マリキナ、かなり面白そう。フィリピンの人の反応も気になるが、日本人のお客さんこそ、ふつうに旅行するくらいならこういうのを体験すると楽しいと思う。話をしている途中で、りっきーも帰宅。Grooveで飲んでたという。日本人チームといっても、こんな感じで基本的には別行動。レッドホースを飲むちからさんを見ていたら自分も飲みたくなり、Malingap通りのFlying Houseでモヒートを一杯飲んで帰った。昨日、睡眠中にこむら返りを起こしたのでストレッチしてたら、いつの間にか眠りこけていた。