フィリピン日記 20160502

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2016年5月2日(月)

13時30分成田発のフィリピン航空で、マニラのNAIA空港ターミナル2に17時30分に着く。時差は1時間なので5時間のフライト、出発が30分遅れたが到着は予定時刻より少し早かった。

3度目ともなると、着陸直前の飛行機の窓から見える景色にも慣れてきた。飽きたというのではなく、ああこの景色だ、と思う。イミグレーションと荷物受け取りもスムーズに済んで外に出ると、NinyaとDebbieが迎えに来てくれていた。

Ninyaは照明デザイナーで、KARNABALを主催する劇団『Sipat Lawin Ensemble(シパット・ラウィン・アンサンブル)』のメンバー。
マキリンのPHSA(Philippine High School for the Art)出身者ばかりのSipatの中で唯一、別の学校で舞台芸術を学んだ。車が彼女の母校、サント・トーマス大学の横を通過する。この大学は、スペイン統治時代につくられた、アジアで最も一番古い大学らしい。

車内での話題はもっぱら、来週月曜に迫った国政選挙について。「今の有力候補は失言が多くて、彼が大統領になっちゃったらいろいろ問題が起こると思う。6年前に今の大統領が選ばれてから経済がすごく良くなって、みんな豊かになって車が買えるようになったんだよ。そのせいでこの渋滞なんだけど」とNinyaが言う。彼女は終始いろいろと話しかけてくれながら、アジア最悪ともいわれるマニラの渋滞のあいだをスイスイ進んでいく。シェフである父親が長く海外にいたせいで、背が高くて大人びて見える彼女は12歳の頃から車を運転していたらしい。

前回は金曜の同じ時間帯だったのでひどい渋滞だったが、今回は月曜なのでそこまでひどくない。とはいえ、ところどころまったく車が押し合いへし合いしてまったく動かないところもあり、ケソン・メモリアルパークの七色にライトアップされたモニュメントが見える頃には20時を回っていた。

まずは1月のリサーチでも泊まったMatino(マティーノ)通りのホテルにチェックイン。ここは24時間ドアの前にガードマンがいるので、0時を回ってから一人で帰ってきても心強い。
前回は窓がない部屋だったので日中に長時間いるのがつらかったが、今回は通りに面した大きな窓もあり、仕事もしやすそう。嬉しい。JKたちの新しい家でやっているタコパーティに向かった。

新しいJKの家は広くて清潔だと聞いていたが、想像以上だった。大きなLDKと各階にバスルームがある3階建て、6室ある個室のうちいくつかには専用のバスルームもついている。ここに泊まれるならみんなと顔も合わせやすいしベストだったのだけれど、残念ながらボランティアスタッフや先に決まっていたアーティストの滞在予約ですでにいっぱい。フェスティバルディレクターのJK、Sarahに加え、Sipat のメンバーであるAlon、Clyde、Ness、Yenyen、Nessの夫・Ralph、Yenyenの彼氏のSigなどなど、とにかく大集合していて、みんなが全身で「おかえりー!!」と迎えてくれた。

りっきーの企画は関西在住のアーティストたちを加えた『Team Exchanger』として、私も『パラダイス仏生山』で参加しているAAF(アサヒ・アート・フェスティバル)に今年から参加している。キックオフでお会いしたメンバー、Yuko Nexusさんとも再会。りっきーとYukoさんの振る舞うタコの手料理をみんなで囲む。

こちらの人はあまりタコを食べないらしく、りっきーはタコを手に入れよう(捕まえよう)とフィリピン各地を旅している。テーブルの上には、タコを食べない人用の料理もあった。フィリピンの調味料も取り入れたアレンジだったが、大阪に留学していたこともあるJKが「日本的な味付けでおいしいね!」とニコニコしていた。

実は今回、来る前までプロジェクトの重要な部分がいくつか決まっていなかった。とはいえ予定していたワークショップ日程に合わせて航空券をおさえていたので、実施できるかわからないまま、とりあえずフィリピンに来てしまった。
一方で、メールでのやり取りでは限界があって、これ以上は会って話さないと先に進まないとも感じていた。昨年一緒にトライアル版を上演したとはいえ、私も英語が堪能なわけではないし、お互いのこともまだ十分に知らない。企画自体、やや難しい立場の一般人を巻き込むものなので、いろいろと調整や交渉が必要だった。

ところが調整を重ねているうちに、話が当初のコンセプトからだいぶずれてきた。私なりにメールで思いの丈を伝えたつもりだったけれど、相手の意思決定のプロセスが見えないストレスも感じていた。

行きの飛行機の中では、来てからポシャったら、残り1ヶ月でリサーチからやり直そうと腹を決めた。頭のなかでプランBとプランCをいったん描いて、あとは顔を見て出たとこ勝負で話そうと覚悟したら、「そういや、いつもそうじゃん」と思って、気持ちが楽になった。

この日記を書いている時点でまだ、結果はわかっていない。でもJKと会って直接話したことで、同じ懸念を共有できていたことがわかったし、「これはやったらアウトかもしれないけど、やってみたい」と考えているところも同じだった。当初のコンセプトを、彼がよく理解してくれていることもわかった。おかげでだいぶ前向きな気分になり、明朝10時に改めてミーティングをしよう、と約束して、帰ることにした。

帰りがけに近所のガソリンスタンドにあるセブン-イレブンまでYenyenやYukoさんも一緒に歩いて行って、水とチョコとサンミゲルを買った。Yenyenの彼氏はまだフィリピン大学の学生で、人形劇をやっている。日本の文楽や浄瑠璃に興味があって、日本語を勉強しているらしい。前方を歩くYenyenの背中を見ながら、日本語で「彼女は、ぼくの愛(愛=タガログ語でシンタ=恋人)です」と言ったのが初々しかった。

セブン-イレブンからJKの家に帰るみんなと別れて、ひとりでトライシクルでホテルまで帰った。夜道をガタガタと激しく疾走するトライシクルに乗りながら、ああ帰ってきたな、としみじみ感じた。栓抜きがないのでフロントの女性にサンミゲルの瓶を開けてもらい、部屋で飲みながらこの日記を書いている。明日から猛暑のマニラでの一ヶ月半が待っている。

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